killdisco

レンガ造りの建物のガラス戸からふと中をのぞくと、鳥やパンの絵が目に留まる。その絵に吸い寄せられるように中へ入ってみると、白くて大きな壁一面に、木版画のような、手描きのような、グラフィカルな中にも味わいのあるkilldiscoの作品がずらりと並んでいる。コーヒーの香り漂うここ、「ルーフミュージアム」1階で開催するのは、イラストレーターであり、デザイナーでもあるkilldiscoの個展『Happenstance』。開催に伴い、killdiscoが個展をする意味や、作品への想い、そして作家活動の原点について、会場とアトリエで語っていただいた。

作家が込めた想いの上に
新しい思い出が積み重なっていく

--今回の個展『Happenstance』の作品が「ルーフミュージアム」1階に並んでいる様子をご覧になって、いかがでしたか?

どこで個展をする時もそうなんですけど、個展が始まる前に、あらかじめ会場の写真や動画を録って、使う額の画像を当てはめてみるんです。「このサイズで、この点数で、こんな感じでやりたいな」ということをパソコン上で決めてから絵を描くので、会場に作品が並んだ時のイメージは、事前にだいたいできていますね。今回は大きめのパネルも展示しているんですけど、いつも家に飾れるサイズの額を使うようにしています。それを「ルーフミュージアム」だったらこんな感じかな、このぐらい隙間を開けようかなって決めてから、絵をはめ込んでいきました。

--デザイナーもされていますけど、そういう配置の仕方はデザイナー的視点が役立っているのでしょうか?

そうですね。絵を観てほしいという気持ちは当然あるんですけど、僕の場合は“絵を観てもらうこと”が展示の1番の目的ではなくて。個展をする時は、いつも会場のある町の最寄り駅からこの道を歩いてここに来た時に、こんな絵があったらいいだろうな、みたいなことを考えて絵を配置しています。今回の場合は初めて僕の絵を観る人も多いと思うし、「ルーフミュージアム」1階がギャラリーではなくカフェということで、僕の絵を全然知らずに来てくれる人が多いことも想定して、いろんな絵を置いた方がいいだろうと考えました。あと、2022 年はグループ展も含めてほぼ毎月展示をやっていたので、その集大成的な意味合いもありますね。

--普段の個展では基本的に新作を展示されていますが、今回、過去の個展で発表された既存の作品もいくつか展示されています。それも初めての方に向けてという意味合いと、集大成的な意味合いがあってのことなのでしょうか?

そうですね。あとは、過去の個展で描いた絵はその時の個展のテーマの中で描いたものだけど、「ルーフミュージアム」に飾ることで意味が変わるものもあると思ったので展示しました。僕はテーマを持って絵を描きますけど、会場に置いた瞬間に、そのテーマは1番大事なことじゃなくなるんですよね。会場で作品を観た人が自由に意味をつけていくわけですから。例えば僕が「こんなことを考えてこれを描きました」と言ったとしても、観た人の感想が「あ、かわいい」だったら、「かわいい」でいいと思うんですよ。だから前回の個展でどんな意味があったとしても、「ルーフミュージアム」で初めて観る人にはそんなことは関係ないし、もともとの意味を知っている人も「ルーフミュージアム」で観た時には違う感想が出てくると思うので。そんな意図があって、今回は過去の作品も一緒に展示しました。

--ご自身でご覧になって、以前展示した時と意味合いや観え方が変わったなと思う作品はありますか?

例えば、夏にSUNNY BOY BOOKSさんで開催した個展『konstellation』の時に描いた「しょくたく」ですね。『konstellation』では12星座をテーマにしていて、星座ごとにその星座っぽいモチーフのものを描いたんですけど、その時の「しょくたく」の裏テーマは牡羊座でした。12星座がテーマだと言われて、12個の絵が並んでいる中で観ると「あれは何座かな」ってみんな考えるんですけど、「ルーフミュージアム」で観たら牡羊座だなんて誰も思わないですよね。それが面白いなと思って。作品のタイトルをつける時にも、「しょくたく」、「ねこ」、「ろうそく」って、見たままのタイトルをつけるようにしています。そうすれば観た人のイメージがいくらでも膨らみますよね。「しょくたく」を「牡羊座」というタイトルにしていたら、牡羊座でしかなくなってしまうと思うので。

--killdiscoさんはインスタライブなどでご自身の作品について解説される機会を大切にされつつも、作品を観る方に解釈を委ねることもすごく大切にされているように感じます。

それは1番重要なところです。例えば、作品を観て買ってくれた人が、家に持ち帰って飾るとします。そうすると、描いた時に僕がどんな想いを込めたとしても、長年飾っているうちにその絵には新しい思い出がどんどん積み重なっていくじゃないですか。それって人が生きていくのと一緒で、「こんな子に育ってほしいな」と親が子どもに望んだところで、子どもは幼稚園に行って、小学校に行って、いろんな環境でいろんな影響を受けて、親が最初に望んだところからずれていくものですよね。でも、例えずれていったとしても、それはその子にとっての正解なわけで。だからインスタライブで自分の作品の解説はするけど、それはあくまで描いた時点の話で、そこから先の物語は、観た人や絵を飾った人たちが作っていくものだと思っています。そこにはもう自分は関与できないし、その後の話を聞かせてもらえたら面白いから「よかったら聞かせてね」って気持ちで配信をやっているんです。

名前も職業も分からない
偶然出会った人たちに個展を観てもらうこと

--どの作品に対してもフラットなお気持ちなのでしょうか。この作品に対しては特に思い入れがある、というものはありますか?

「これが描きたい」と思って描くというよりは、展示で伝えたいことを表現するために絵を描いているので、ひとつひとつの絵に対してはフラットな気持ちですね。いきなり「こんなことを自分は考えているから、聞いてくださいよ」って町で他人の肩をつかんだところで聞いてもらえなですし、最初は挨拶から始まるのと同じで、まずは興味を持ってもらうための入口として絵を展示しています。そこでたまたま絵を観たことをきっかけに興味を持ってくれた人が、僕のInstagramやTwitterの存在を知って配信を見た時に、僕が展示についてちょっと突っ込んだ話をしている。そうすると「こんな意味が込められていたんだ」って思ってもらえますよね。クライアントワークの時はクライアントさんが言いたいことや売りたいものがあって絵を描きますけど、それと同じテンションです。

--個展の場合は、それがご自身で設定されたテーマになるということですね。個展のテーマはどのように決めるのでしょうか?

普段生活していると社会問題を見たり聞いたり、自分が体験したりして「なんだろうな」って思うことってありますよね。そんな話をほぼ毎晩、作業通話をしながらみんなで語り合っているんです。作業通話のメンバーにはイラストレーターもいれば、デザイナーさん、書店員さん、いろんな職業の人がいて、ばらばらで20代の方もいれば自分よりも上の方もいる。毎晩5、6時間、職業も世代も違う人たちが集まる中でずっと話していると、いろんな意見が出るんですよね。そうすると、自分の中で何となく「こんな感じかな」みたいなものが見えてくるんです。いつもその中からテーマを組み集めて決めています。

--毎晩5、6時間ですか! 途中で制作に集中して、みなさん話さないような時間もあるのでしょうか?

喋っていることが多いですね。僕が夜から朝まで制作する間は大体みんな起きているので、ずっと通話をしながら一緒に作業していますね。すごく細かいものを描く時にはそもそも通話しないで集中してやりますけど、ラフ出しやアイデア出しの時には、僕の場合はしゃべりながらの方が作業しやすいので。

--では今回もそういった会話の中から、ご自身がいま「ルーフミュージアム」で展示をするなら『Happenstance』にしようと。

そうですね。でも今回の場合は、2022年にいろんなところで展示をして、毎回来てくれる人のほかに「たまたま通りかかったので入りました」という人たちともたくさん話しをしていく中で生まれたテーマかもしれません。いまの時代、SNSをやっていると同じ考え方をする人たちや同業だけで繋がろうとしてしまうじゃないですか。それって情報交換としては手っ取り早いのかもしれないけど、普通に生活していたらそんな状況ってなかなかないですよね。例えば学校だったら、同じクラスにネコが好きな人もいれば、イヌが好きな人もいるし、ラーメンを毎日でも食べたい人もいれば、あんなものは食べたくないという人もいる。でも、いまの時代はコロナ禍で外に出るのが難しくなって、みんなが一斉にSNSをやり始めたことで、環境や価値観が似た人同士の繋がりが強くなりすぎているなと思うんです。そうするとエコーチェンバー現象じゃないですけど、どんどん内に入っていって「こういう人たちはこうあるべき」とか、「こうじゃない人は認めない」みたいな話が出てきてしまう。いいこともあるけど、そういう悪いこともあるわけです。でも、個展を開いた時に、たまたま会場に入ってきてくれた人と話しをすることが楽しかったし、それが僕にとって展示をする1番の理由かなと思ったので、今回の個展では偶然の巡り合わせを意味する『Happenstance』というテーマを設定しました。

--イラストレーターとしての活動の中で“展示をすることの意味”みたいな、大きな意味も込められているようなニュアンスを、お話を伺っていて感じました。

そんな感じです。そもそも、イラストレーターになってからなぜ展示をしようと思ったのかと言ったら、全然知らない人も含めてみんなに観てほしかったからなんですよ。家族や友達に見せるだけなら、別に展示をしなくたっていいですから。だから今回は、みんなに観てもらうってことをもう1度しっかりやりたいなと思ってこのテーマにしました。

互いの個性を認め合い、
同じテーブルについて会話できる世の中に

--作品がグループ分けされていますが、どのような意図があるのでしょうか?

普段だとすき間を開けずにぎゅっと並べるんですけど、今回は初めて観る方も多いので、観やすいように表現が近しいもの同士でグループ分けしています。今回はDMの絵を描いたあとに、パネルの「とけい」、「ほしをみる」、「ランプ」の3枚を描きました。次に「こじか」を描いてから3枚のパネルとの間を埋めていったんですけど、全部黒い絵にしてしまうと重たい印象になってしまうので、前の展示から連れてきた線画の「ねこ」と「いぬ」を入れています。

--killdiscoさんの作品は黒が印象的ですよね。黒を使われている理由や、黒に対するこだわりがあれば教えてください。

色をつけた瞬間に絵のイメージが固まってしまうので、黒にしています。例えば人の絵を描いた時に青い服を着せたら、何となく男の子だと思っちゃうじゃないですか。でも実際は髪の短い女の子かもしれない。先ほどの、解釈を観る人に委ねるという話にも通じるんですが、意味を限定させないように黒を選んでいるし、例えば花も、花の種類が限定されないような形にしています。あとは背景を黒くするとそれだけで「夜の絵なのかな」と思われてしまうので、基本的にはものを黒、背景を白にしていますね。

--逆に色をつける時はどのように決めているのでしょうか?

パソコン上で絵を全部並べ終えてから、全体のバランスをみて色をつける絵を決めていきます。その上で、色がそんなに意味を持たないところを選んでいますね。例えばりんごの絵の背景が赤だったら、意味を持ってしまうじゃないですか。今回で言えば「ねこ」の背景が赤ですけど、ネコだから赤い背景というわけではなくて、何色であっても代替が利くところだから「ねこ」に色をつけています。

--killdiscoさんの絵と言えば“形遊び”のイメージがあります。普段生活をしながら何かを見て「あ、これは何っぽいな」と思った時にメモをしてアイデアのストックをされているのでしょうか?

みんなで作業通話をしている時にストックすることが多いです。例えば誰かがペンギンの話をしている時に描いたペンギンの絵を取っておいて、あとで見返しながら似ているもの同士をくっつけていきます。今回の個展でいうと、カフェだから椅子を描きたいなと思って、前に描いたものの中から椅子に似ているものを探してみたら木馬の絵があったので、椅子から木馬へ形がだんだん変わっていくイメージで「いすともくば」を描きました。椅子やポット、ランプなどは、個展が決まって会場を見に来た時にイメージに残っていたものを描いています。
形遊びは、意味的なところで僕が1番表現したいことなんです。例えば“ネコ”を言葉で表すと、体長50cmくらいで、4本足で、尻尾があって、髭があって、となるじゃないですか。それを僕はネコだと思いながら言っているけど、聞いた人が必ずしもネコをイメージするとは限らないですよね。イヌだと思う人もいるし、もっと違うものだと思う人もいるかもしれない。でも、最終的にネコになるポイントがあって、それがものの持っている“個性”だと思うんです。その個性をお互いに「じゃあダメだ」みたいなことは言わずに認め合った上で、一緒に大きなテーブルを囲んで横並びで会話をしましょうってことを、形遊びという形でずっと表現しています。

気軽に買えて、気軽に描ける
筆ぺンを使って展示作品を描く

--モチーフを決めてから、最終的にイメージを固めるまでにどのような工程を経ているのか、具体的に教えていただけますか?

例えば「ペンギンとポット」を描くと決めたら、まずは鉛筆でラフをたくさん描きます。これでいけそうだなと思ったら、今度は薄い筆ペンで描いて、写真を撮って、パソコン上で額にはめてみる。ほかの絵も同様に額にはめてみてから、額の中で大きさを決めたり、額の順番を入れ替えたりする。そうして絵のサイズやレイアウトが決まってから、本番の紙に筆ペンで描いていきますね。展示の時は同じ絵を何枚も描くんです。毎回まったく同じ絵にはならないから、描いたものを見比べてみて、1番いい感じのものを選んでいます。

--killdiscoさんの描く線は真っ直ぐで均等というよりは、途切れたりかすれたりするところもある味のある線ですよね。意識的にそうされているんですか?

意識していますね。両側から削るように塗っていくことで、掘ったような線にしています。筆ペンって本当は先が少し湿っているくらいの状態で描くと思うんですけど、僕の場合はインクが滴り落ちそうになるくらい、めちゃくちゃ絞りながら描くんです。塗ったあとは紙がべちゃべちゃになるんですけど、水彩用の紙なので乾くとちょうどよくて。使っているのはぺんてるの「アートブラッシュ」という筆ペンで、絞り出すとけっこう濃く出るし、普通に使うと薄くも塗れるので、気に入っています。黒以外にも赤とか青とか、たくさん色があるんですよ。

--いつから筆ペンで絵を描かれているんですか?

イラストレーターとして展示をするようになってからです。もともと仕事では液晶タブレットで描いていたんですけど、アナログで描き始めた時に筆ペンを使い始めました。筆ペンだとどこでも買えるから、みんなが気軽に描けるんですよね。個展に来てくれた人の中には「帰りに買って自分も描いてみます」と言ってくれる人もいるので、嬉しいです。

--デスクの上にあるのはアフタヌーンティーさんとのコラボランプですね。killdiscoさんのイラストレーションは本やバッグ、マスキングテープ、カステラ、ランプなど、いろんなものになっていますが、中でもご自身の表現にフィットしていると感じる媒体はありますか?

どれも同じぐらいいいなと思うし、嬉しいです。例えば「ねこテーブルランプ」もできあがったランプを見て「僕が描くネコの頭ってこうなっていたんだー」って思うこともあって(笑)。自分で作ったらネコの頭にランプをさそうとは思わないから、コラボレーションでモノを作るのは面白いですよね。

学生時代の趣味の延長線上に
いまの活動がある

--絵はいつから描かれているんですか?

小さい頃から描いてはいますけど、美大で習ったわけでもなく、学校も、最初は映画の専門学校に行っていたんです。ちょうど僕が専門学校に通っていた20歳ぐらいのタイミングでパソコンが普及し始めたので、僕がもともと好きだった音楽系のミニコミを作りたくて、挿絵を描いたり、デザインも自分でしたりしていました。その後、就職して広告のデザイナーになったあと、学校で先生をしたり、アパレルブランドでインハウスデザイナーをしたりしてからフリーになりましたね。

--キャリアはデザイナーからスタートしているんですね。

昔学生の頃ってカセットテープに好きな曲を入れて友達に渡したりしたじゃないですか。その延長で「じゃあジャケットも作ろう」とか、「この曲が好きな人だったらこれも好きじゃないか」って考えて作る中で、当時groovisionsさんや信藤三雄さんなどのデザイン集団やアートディレクターに憧れていたこともあって、デザイナーになりたいなと思ったんです。その後、前職のデザイナーを辞めてフリーになる時に、僕はデザインとイラストレーションを並列に考えているので、プロフィールにデザイナーとイラストレーターと表記するようになりました。高校時代に自分が編集したカセットテープをみんなに配ったり、専門学校時代にミニコミを作ったりしたことが楽しくて、いまも同じことをやっている感覚ですね。

--今回の個展を経て、今後やってみたいことがあれば教えていただけますか?

2022年の年頭から個展を重ねていく中で、観に来てくれる人との関係性が “作家とお客さん”になっちゃったんですよ。僕は確かに作家でもあるけど、作家じゃない自分もいるわけだし、観に来てくれる人もお客さんとして来ているけど、学校の先生かもしれないし。でも、個人と個人じゃなくて、作家とお客さんという関係性になってしまったので、個人と個人にしていきたい気持ちがあります。2022年の後半は特にそれを意識していたので、2023年はもうちょっと距離を近くしていきたいですね。

--具体的にはどういったところで実現できそうでしょうか?

会場でもう少し話したり、配信を増やしたり、あとは子どもとワークショップするのもいいですね。2022年にも名古屋のアフタヌーンティーさんで子どもとワークショップをして、楽しかったので。僕が描いた線画の塗り絵を塗るという内容だったんですけど、洋服の柄を描き足したり、空いているスペースに4コマ漫画を描き始める子がいたりして、「そういうのいいと思うよ」って言って。

--子どもって「作家さんだ」って身構えたり、気をつかったりしませんものね。

本当は大人ともそういう関係性になりたいなと思っているので、2023年は作家としてではなく、人としてちゃんと向き合えるような関係性を作れたらいいなと思っています。

--2023年はkilldiscoさんのことをより身近に感じることができそうですね。楽しみにしています!


photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka

killdisco(キルディスコ)

デザイン会社勤務、アパレルブランドのインハウスデザイナーなどを経て現在は書籍の装画や挿絵、パッケージやリーフレットなどを中心にイラストレーター/グラフィックデザイナーとして活動中。
物の形にフォーカスした作品やそれぞれの境界を曖昧に混ぜ合わせるような作品を制作している。

https://killdisco.work
https://instagram.com/killdisco
https://twitter.com/killdisco_0708

killdisco

レンガ造りの建物のガラス戸からふと中をのぞくと、鳥やパンの絵が目に留まる。その絵に吸い寄せられるように中へ入ってみると、白くて大きな壁一面に、木版画のような、手描きのような、グラフィカルな中にも味わいのあるkilldiscoの作品がずらりと並んでいる。コーヒーの香り漂うここ、「ルーフミュージアム」1階で開催するのは、イラストレーターであり、デザイナーでもあるkilldiscoの個展『Happenstance』。開催に伴い、killdiscoが個展をする意味や、作品への想い、そして作家活動の原点について、会場とアトリエで語っていただいた。

作家が込めた想いの上に
新しい思い出が積み重なっていく

--今回の個展『Happenstance』の作品が「ルーフミュージアム」1階に並んでいる様子をご覧になって、いかがでしたか?

どこで個展をする時もそうなんですけど、個展が始まる前に、あらかじめ会場の写真や動画を録って、使う額の画像を当てはめてみるんです。「このサイズで、この点数で、こんな感じでやりたいな」ということをパソコン上で決めてから絵を描くので、会場に作品が並んだ時のイメージは、事前にだいたいできていますね。今回は大きめのパネルも展示しているんですけど、いつも家に飾れるサイズの額を使うようにしています。それを「ルーフミュージアム」だったらこんな感じかな、このぐらい隙間を開けようかなって決めてから、絵をはめ込んでいきました。

--デザイナーもされていますけど、そういう配置の仕方はデザイナー的視点が役立っているのでしょうか?

そうですね。絵を観てほしいという気持ちは当然あるんですけど、僕の場合は“絵を観てもらうこと”が展示の1番の目的ではなくて。個展をする時は、いつも会場のある町の最寄り駅からこの道を歩いてここに来た時に、こんな絵があったらいいだろうな、みたいなことを考えて絵を配置しています。今回の場合は初めて僕の絵を観る人も多いと思うし、「ルーフミュージアム」1階がギャラリーではなくカフェということで、僕の絵を全然知らずに来てくれる人が多いことも想定して、いろんな絵を置いた方がいいだろうと考えました。あと、2022 年はグループ展も含めてほぼ毎月展示をやっていたので、その集大成的な意味合いもありますね。

--普段の個展では基本的に新作を展示されていますが、今回、過去の個展で発表された既存の作品もいくつか展示されています。それも初めての方に向けてという意味合いと、集大成的な意味合いがあってのことなのでしょうか?

そうですね。あとは、過去の個展で描いた絵はその時の個展のテーマの中で描いたものだけど、「ルーフミュージアム」に飾ることで意味が変わるものもあると思ったので展示しました。僕はテーマを持って絵を描きますけど、会場に置いた瞬間に、そのテーマは1番大事なことじゃなくなるんですよね。会場で作品を観た人が自由に意味をつけていくわけですから。例えば僕が「こんなことを考えてこれを描きました」と言ったとしても、観た人の感想が「あ、かわいい」だったら、「かわいい」でいいと思うんですよ。だから前回の個展でどんな意味があったとしても、「ルーフミュージアム」で初めて観る人にはそんなことは関係ないし、もともとの意味を知っている人も「ルーフミュージアム」で観た時には違う感想が出てくると思うので。そんな意図があって、今回は過去の作品も一緒に展示しました。

--ご自身でご覧になって、以前展示した時と意味合いや観え方が変わったなと思う作品はありますか?

例えば、夏にSUNNY BOY BOOKSさんで開催した個展『konstellation』の時に描いた「しょくたく」ですね。『konstellation』では12星座をテーマにしていて、星座ごとにその星座っぽいモチーフのものを描いたんですけど、その時の「しょくたく」の裏テーマは牡羊座でした。12星座がテーマだと言われて、12個の絵が並んでいる中で観ると「あれは何座かな」ってみんな考えるんですけど、「ルーフミュージアム」で観たら牡羊座だなんて誰も思わないですよね。それが面白いなと思って。作品のタイトルをつける時にも、「しょくたく」、「ねこ」、「ろうそく」って、見たままのタイトルをつけるようにしています。そうすれば観た人のイメージがいくらでも膨らみますよね。「しょくたく」を「牡羊座」というタイトルにしていたら、牡羊座でしかなくなってしまうと思うので。

--killdiscoさんはインスタライブなどでご自身の作品について解説される機会を大切にされつつも、作品を観る方に解釈を委ねることもすごく大切にされているように感じます。

それは1番重要なところです。例えば、作品を観て買ってくれた人が、家に持ち帰って飾るとします。そうすると、描いた時に僕がどんな想いを込めたとしても、長年飾っているうちにその絵には新しい思い出がどんどん積み重なっていくじゃないですか。それって人が生きていくのと一緒で、「こんな子に育ってほしいな」と親が子どもに望んだところで、子どもは幼稚園に行って、小学校に行って、いろんな環境でいろんな影響を受けて、親が最初に望んだところからずれていくものですよね。でも、例えずれていったとしても、それはその子にとっての正解なわけで。だからインスタライブで自分の作品の解説はするけど、それはあくまで描いた時点の話で、そこから先の物語は、観た人や絵を飾った人たちが作っていくものだと思っています。そこにはもう自分は関与できないし、その後の話を聞かせてもらえたら面白いから「よかったら聞かせてね」って気持ちで配信をやっているんです。

名前も職業も分からない
偶然出会った人たちに個展を観てもらうこと

--どの作品に対してもフラットなお気持ちなのでしょうか。この作品に対しては特に思い入れがある、というものはありますか?

「これが描きたい」と思って描くというよりは、展示で伝えたいことを表現するために絵を描いているので、ひとつひとつの絵に対してはフラットな気持ちですね。いきなり「こんなことを自分は考えているから、聞いてくださいよ」って町で他人の肩をつかんだところで聞いてもらえなですし、最初は挨拶から始まるのと同じで、まずは興味を持ってもらうための入口として絵を展示しています。そこでたまたま絵を観たことをきっかけに興味を持ってくれた人が、僕のInstagramやTwitterの存在を知って配信を見た時に、僕が展示についてちょっと突っ込んだ話をしている。そうすると「こんな意味が込められていたんだ」って思ってもらえますよね。クライアントワークの時はクライアントさんが言いたいことや売りたいものがあって絵を描きますけど、それと同じテンションです。

--個展の場合は、それがご自身で設定されたテーマになるということですね。個展のテーマはどのように決めるのでしょうか?

普段生活していると社会問題を見たり聞いたり、自分が体験したりして「なんだろうな」って思うことってありますよね。そんな話をほぼ毎晩、作業通話をしながらみんなで語り合っているんです。作業通話のメンバーにはイラストレーターもいれば、デザイナーさん、書店員さん、いろんな職業の人がいて、ばらばらで20代の方もいれば自分よりも上の方もいる。毎晩5、6時間、職業も世代も違う人たちが集まる中でずっと話していると、いろんな意見が出るんですよね。そうすると、自分の中で何となく「こんな感じかな」みたいなものが見えてくるんです。いつもその中からテーマを組み集めて決めています。

--毎晩5、6時間ですか! 途中で制作に集中して、みなさん話さないような時間もあるのでしょうか?

喋っていることが多いですね。僕が夜から朝まで制作する間は大体みんな起きているので、ずっと通話をしながら一緒に作業していますね。すごく細かいものを描く時にはそもそも通話しないで集中してやりますけど、ラフ出しやアイデア出しの時には、僕の場合はしゃべりながらの方が作業しやすいので。

--では今回もそういった会話の中から、ご自身がいま「ルーフミュージアム」で展示をするなら『Happenstance』にしようと。

そうですね。でも今回の場合は、2022年にいろんなところで展示をして、毎回来てくれる人のほかに「たまたま通りかかったので入りました」という人たちともたくさん話しをしていく中で生まれたテーマかもしれません。いまの時代、SNSをやっていると同じ考え方をする人たちや同業だけで繋がろうとしてしまうじゃないですか。それって情報交換としては手っ取り早いのかもしれないけど、普通に生活していたらそんな状況ってなかなかないですよね。例えば学校だったら、同じクラスにネコが好きな人もいれば、イヌが好きな人もいるし、ラーメンを毎日でも食べたい人もいれば、あんなものは食べたくないという人もいる。でも、いまの時代はコロナ禍で外に出るのが難しくなって、みんなが一斉にSNSをやり始めたことで、環境や価値観が似た人同士の繋がりが強くなりすぎているなと思うんです。そうするとエコーチェンバー現象じゃないですけど、どんどん内に入っていって「こういう人たちはこうあるべき」とか、「こうじゃない人は認めない」みたいな話が出てきてしまう。いいこともあるけど、そういう悪いこともあるわけです。でも、個展を開いた時に、たまたま会場に入ってきてくれた人と話しをすることが楽しかったし、それが僕にとって展示をする1番の理由かなと思ったので、今回の個展では偶然の巡り合わせを意味する『Happenstance』というテーマを設定しました。

--イラストレーターとしての活動の中で“展示をすることの意味”みたいな、大きな意味も込められているようなニュアンスを、お話を伺っていて感じました。

そんな感じです。そもそも、イラストレーターになってからなぜ展示をしようと思ったのかと言ったら、全然知らない人も含めてみんなに観てほしかったからなんですよ。家族や友達に見せるだけなら、別に展示をしなくたっていいですから。だから今回は、みんなに観てもらうってことをもう1度しっかりやりたいなと思ってこのテーマにしました。

互いの個性を認め合い、
同じテーブルについて会話できる世の中に

--作品がグループ分けされていますが、どのような意図があるのでしょうか?

普段だとすき間を開けずにぎゅっと並べるんですけど、今回は初めて観る方も多いので、観やすいように表現が近しいもの同士でグループ分けしています。今回はDMの絵を描いたあとに、パネルの「とけい」、「ほしをみる」、「ランプ」の3枚を描きました。次に「こじか」を描いてから3枚のパネルとの間を埋めていったんですけど、全部黒い絵にしてしまうと重たい印象になってしまうので、前の展示から連れてきた線画の「ねこ」と「いぬ」を入れています。

--killdiscoさんの作品は黒が印象的ですよね。黒を使われている理由や、黒に対するこだわりがあれば教えてください。

色をつけた瞬間に絵のイメージが固まってしまうので、黒にしています。例えば人の絵を描いた時に青い服を着せたら、何となく男の子だと思っちゃうじゃないですか。でも実際は髪の短い女の子かもしれない。先ほどの、解釈を観る人に委ねるという話にも通じるんですが、意味を限定させないように黒を選んでいるし、例えば花も、花の種類が限定されないような形にしています。あとは背景を黒くするとそれだけで「夜の絵なのかな」と思われてしまうので、基本的にはものを黒、背景を白にしていますね。

--逆に色をつける時はどのように決めているのでしょうか?

パソコン上で絵を全部並べ終えてから、全体のバランスをみて色をつける絵を決めていきます。その上で、色がそんなに意味を持たないところを選んでいますね。例えばりんごの絵の背景が赤だったら、意味を持ってしまうじゃないですか。今回で言えば「ねこ」の背景が赤ですけど、ネコだから赤い背景というわけではなくて、何色であっても代替が利くところだから「ねこ」に色をつけています。

--killdiscoさんの絵と言えば“形遊び”のイメージがあります。普段生活をしながら何かを見て「あ、これは何っぽいな」と思った時にメモをしてアイデアのストックをされているのでしょうか?

みんなで作業通話をしている時にストックすることが多いです。例えば誰かがペンギンの話をしている時に描いたペンギンの絵を取っておいて、あとで見返しながら似ているもの同士をくっつけていきます。今回の個展でいうと、カフェだから椅子を描きたいなと思って、前に描いたものの中から椅子に似ているものを探してみたら木馬の絵があったので、椅子から木馬へ形がだんだん変わっていくイメージで「いすともくば」を描きました。椅子やポット、ランプなどは、個展が決まって会場を見に来た時にイメージに残っていたものを描いています。
形遊びは、意味的なところで僕が1番表現したいことなんです。例えば“ネコ”を言葉で表すと、体長50cmくらいで、4本足で、尻尾があって、髭があって、となるじゃないですか。それを僕はネコだと思いながら言っているけど、聞いた人が必ずしもネコをイメージするとは限らないですよね。イヌだと思う人もいるし、もっと違うものだと思う人もいるかもしれない。でも、最終的にネコになるポイントがあって、それがものの持っている“個性”だと思うんです。その個性をお互いに「じゃあダメだ」みたいなことは言わずに認め合った上で、一緒に大きなテーブルを囲んで横並びで会話をしましょうってことを、形遊びという形でずっと表現しています。

気軽に買えて、気軽に描ける
筆ぺンを使って展示作品を描く

--モチーフを決めてから、最終的にイメージを固めるまでにどのような工程を経ているのか、具体的に教えていただけますか?

例えば「ペンギンとポット」を描くと決めたら、まずは鉛筆でラフをたくさん描きます。これでいけそうだなと思ったら、今度は薄い筆ペンで描いて、写真を撮って、パソコン上で額にはめてみる。ほかの絵も同様に額にはめてみてから、額の中で大きさを決めたり、額の順番を入れ替えたりする。そうして絵のサイズやレイアウトが決まってから、本番の紙に筆ペンで描いていきますね。展示の時は同じ絵を何枚も描くんです。毎回まったく同じ絵にはならないから、描いたものを見比べてみて、1番いい感じのものを選んでいます。

--killdiscoさんの描く線は真っ直ぐで均等というよりは、途切れたりかすれたりするところもある味のある線ですよね。意識的にそうされているんですか?

意識していますね。両側から削るように塗っていくことで、掘ったような線にしています。筆ペンって本当は先が少し湿っているくらいの状態で描くと思うんですけど、僕の場合はインクが滴り落ちそうになるくらい、めちゃくちゃ絞りながら描くんです。塗ったあとは紙がべちゃべちゃになるんですけど、水彩用の紙なので乾くとちょうどよくて。使っているのはぺんてるの「アートブラッシュ」という筆ペンで、絞り出すとけっこう濃く出るし、普通に使うと薄くも塗れるので、気に入っています。黒以外にも赤とか青とか、たくさん色があるんですよ。

--いつから筆ペンで絵を描かれているんですか?

イラストレーターとして展示をするようになってからです。もともと仕事では液晶タブレットで描いていたんですけど、アナログで描き始めた時に筆ペンを使い始めました。筆ペンだとどこでも買えるから、みんなが気軽に描けるんですよね。個展に来てくれた人の中には「帰りに買って自分も描いてみます」と言ってくれる人もいるので、嬉しいです。

--デスクの上にあるのはアフタヌーンティーさんとのコラボランプですね。killdiscoさんのイラストレーションは本やバッグ、マスキングテープ、カステラ、ランプなど、いろんなものになっていますが、中でもご自身の表現にフィットしていると感じる媒体はありますか?

どれも同じぐらいいいなと思うし、嬉しいです。例えば「ねこテーブルランプ」もできあがったランプを見て「僕が描くネコの頭ってこうなっていたんだー」って思うこともあって(笑)。自分で作ったらネコの頭にランプをさそうとは思わないから、コラボレーションでモノを作るのは面白いですよね。

学生時代の趣味の延長線上に
いまの活動がある

--絵はいつから描かれているんですか?

小さい頃から描いてはいますけど、美大で習ったわけでもなく、学校も、最初は映画の専門学校に行っていたんです。ちょうど僕が専門学校に通っていた20歳ぐらいのタイミングでパソコンが普及し始めたので、僕がもともと好きだった音楽系のミニコミを作りたくて、挿絵を描いたり、デザインも自分でしたりしていました。その後、就職して広告のデザイナーになったあと、学校で先生をしたり、アパレルブランドでインハウスデザイナーをしたりしてからフリーになりましたね。

--キャリアはデザイナーからスタートしているんですね。

昔学生の頃ってカセットテープに好きな曲を入れて友達に渡したりしたじゃないですか。その延長で「じゃあジャケットも作ろう」とか、「この曲が好きな人だったらこれも好きじゃないか」って考えて作る中で、当時groovisionsさんや信藤三雄さんなどのデザイン集団やアートディレクターに憧れていたこともあって、デザイナーになりたいなと思ったんです。その後、前職のデザイナーを辞めてフリーになる時に、僕はデザインとイラストレーションを並列に考えているので、プロフィールにデザイナーとイラストレーターと表記するようになりました。高校時代に自分が編集したカセットテープをみんなに配ったり、専門学校時代にミニコミを作ったりしたことが楽しくて、いまも同じことをやっている感覚ですね。

--今回の個展を経て、今後やってみたいことがあれば教えていただけますか?

2022年の年頭から個展を重ねていく中で、観に来てくれる人との関係性が “作家とお客さん”になっちゃったんですよ。僕は確かに作家でもあるけど、作家じゃない自分もいるわけだし、観に来てくれる人もお客さんとして来ているけど、学校の先生かもしれないし。でも、個人と個人じゃなくて、作家とお客さんという関係性になってしまったので、個人と個人にしていきたい気持ちがあります。2022年の後半は特にそれを意識していたので、2023年はもうちょっと距離を近くしていきたいですね。

--具体的にはどういったところで実現できそうでしょうか?

会場でもう少し話したり、配信を増やしたり、あとは子どもとワークショップするのもいいですね。2022年にも名古屋のアフタヌーンティーさんで子どもとワークショップをして、楽しかったので。僕が描いた線画の塗り絵を塗るという内容だったんですけど、洋服の柄を描き足したり、空いているスペースに4コマ漫画を描き始める子がいたりして、「そういうのいいと思うよ」って言って。

--子どもって「作家さんだ」って身構えたり、気をつかったりしませんものね。

本当は大人ともそういう関係性になりたいなと思っているので、2023年は作家としてではなく、人としてちゃんと向き合えるような関係性を作れたらいいなと思っています。

--2023年はkilldiscoさんのことをより身近に感じることができそうですね。楽しみにしています!


photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka

killdisco(キルディスコ)

デザイン会社勤務、アパレルブランドのインハウスデザイナーなどを経て現在は書籍の装画や挿絵、パッケージやリーフレットなどを中心にイラストレーター/グラフィックデザイナーとして活動中。
物の形にフォーカスした作品やそれぞれの境界を曖昧に混ぜ合わせるような作品を制作している。

https://killdisco.work
https://instagram.com/killdisco
https://twitter.com/killdisco_0708