西山寛紀 NISHIYAMA HIROKI

1日の始まりを告げる清々しい朝日や、挽き立てのコーヒーの香り、好きな音楽が流れる部屋・・・、西山寛紀が描くのは「日常」の何気ない瞬間。そのどれもが「色と形」というミニマルな表現にも関わらず、ひと目で彼の作品だとわかるのは、なぜだろう。当たり前の日々こそ美しいと気づかせてくれるそれらの作品は、『good hour』と題され、今回「ルーフミュージアム」の1階に集結した。個展『good hour』や、制作の裏側、そしてイラストレーターとして活躍するに至るまでの経緯について、会場とアトリエで語っていただいた。

観る人の心を生き生きさせる
「日常」を讃えた絵

−−1階のカフェで開催されている今回の個展は『good hour』、“良い時間”というタイトルですね。

僕は「日常」をテーマに描いているので、1階の雰囲気が合っているのではないかなと思いました。1階はコーヒーを飲めるスペースでもあるので、“良い時間”が過ごせるといいなということで、『good hour』というタイトルに。以前からあたためていたタイトルなんですけど、今回がふさわしいと思ったのでつけました。“良い時間”と言っても、誕生日やイベントなどの特別な時間じゃなくていいんです。散歩して犬に会ったり、日向が気持ち良かったり、自分の心の持ちようによって、日常生活の中に“良い時間”は見出すことができると思っていて。当たり前のことなんだけど、改めてそれが美しく思えるような瞬間を列挙して、絵にしていきました。

−−そもそもなぜ「日常」をテーマにしようと思われたのでしょうか?

僕はよく音楽を聴くんですけど、音楽って潤滑剤のような役割があると思うんです。どこかへ行くにも、制作するにも、音楽を聴いていると相乗効果で物事が良く見えたり、より神聖な時間に思えたりするので、自分の絵もそんな風に、人の生活の中で心を生き生きさせる媒体であってほしいという想いがありまして。なので、誰も見たことのないものを描くというよりは、普段の生活を肯定するために描いているので、「日常」をテーマにしています。

−−展示の構成についてもお聞かせいただけますか。壁に向かって右側は、いろんなサイズの作品がランダムに配置されていますね。

『good hour』ということで、朝から夜までの絵を順に並べています。過去の個展では、作品サイズを統一して1列に並べることが多かったんですけど、今回は会場が広くて天井も高いので、それではおとなしい印象になってしまうなということで、この配置に。あと、会期の後半に展示する絵を増やす予定なので、追加しやすいようにしました。 今まではA3やA2などの小さめのサイズに情景的なものを描いていたんですが、今回はF3からA1以上の大きなものまでいろんなサイズがあるので、大きなサイズの場合、情景をそのまま大きくしてしまうと個人的な印象になりすぎるかなと考えました。ディテールを描けば描くほど、それにはまる人にしかはまらないんですけど、ディテールを削ぎ落として象徴的にすることによって、誰もが共感しやすい見え方になるかなと考えていて。イラストレーションとシンボルの中間のようなイメージですね。構成と意味に余白を持たせて観る人に想像させることによって、大きなサイズでもずっと観続けられるような絵にしました。なので、A2サイズまでは情景的な絵を、A1サイズ以上は象徴的な絵を描いています。

「色と形」というミニマルな表現の中に
にじみ出てくる個性がある

−−デザイナー的な視点もお持ちですよね、視覚効果も探りながら描かれていて。

僕はファインアートというよりも、1950〜70年代ごろのデザインからインスパイアされた人間なので、大学ではグラフィックデザイン学科でポスターやタイポグラフィー、イラストレーションを学んでいました。1950〜70年代ごろは、まだイラストレーションとグラフィックデザインをひとりでやっていた作家も多い時代で、ミニマルで根本的な表現をしたものが多かったんですよ。そんなデザインに惹かれて、僕も「色と形」だけで表現を。その頃の作品って、今見ても古く感じないので、僕も流行りものよりも、今、昔、未来、どの地点から見ても共感できるモチーフ選びや描き方をしています。

−−たしかに西山さんが描く、散歩をしたり、顔を洗ったりする行為って普遍的なものですものね。

そうなんですよね。自分の個人的な趣味、趣向が入ってしまうと、受け取る側の間口が狭くなってしまうと思うので。「何を美しいと思うか」が作品の根源になると思うので、そこをちゃんと掴んで、「色と形」というところから外れずにやっていれば、絵もどうにでも進化していくと思っています。

−−「色と形」で表現されるようになったのはいつからですか?

大学3年の頃ですね。1、2年の頃は、自分だけのマチエールを出すことにこだわっていました。ただ、3年の頃に恩師であるグラフィックデザイナーの佐藤晃一先生に「君は“これ”がないと何もできないんだね」と言われて(笑)。じゃあ、そういったものを取っ払って「色と形」だけでやってみたらどうなのか、没個性になりそうな様式でやってみて、自分が出なかったらそれまでだということで、あえてそうしている感じはあります。

環境と調和させるために
メディアと色を吟味する

−−今回、初めてキャンバスに描かれたそうですが、なぜキャンバスを選ばれたのでしょうか?

普段は家具などに使われるMDFというボードに描いているんですけど、大きなサイズだと重かったり、破損や反りの問題が出てきたりするので、今回は自分でパネルにキャンバスを貼って描くことにしました。あとは、キャンバスの麻のテクスチャーが、会場の家具と相性がいいなと思ったので。キャンバス自体の色はもっと生成りっぽいんですけど、毎回、自分で調合しているオリジナルの白を塗ってから描き始めます。真っ白だと白が明るすぎて印象として1番前に出てきてしまうんですけど、ちょっとグレー寄りのくすんだ色にすることによって、ほかの色が前に出るようにしました。

−−たしかに、よく見るとほかの色を引き立たせる白という感じがしますね。「Music Hour」の背景だけ、ワントーン濃いグレーなのはなぜでしょうか?

「Music Hour」は今回の個展で最大のF50サイズで、現代美術をやる人なら当たり前の大きさだと思うんですけど、イラストレーターとして原画を複製して仕事をしている僕にとっては初めての大きさで、挑戦でした。この大きさの作品だったら、背景に何か色を敷いた方が環境と調和するのではないかということで、この色に。例えば、購入してくれた方の家の壁が白い場合、レコードの黒い色がガツンとあると浮いてしまうと思ったので、クッションとして背景にグレーを挟んであげることで馴染むようにしました。

−−大きなサイズの絵は挑戦だったとのことですが、描いてみていかがでしたか?

疲れますけど、やりがいはありますね。でも、自分の中で1番しっくりくるのはA1サイズかなと思いました。ある程度部屋を支配してくれる大きさでありつつ、ひとり暮らしの部屋の床に置いても、大きな壁に飾ってもいいですし、持ち運びも難しくないですから。なので、今回作ったシルクスクリーンのポスターはA1サイズにしています。

構図やアングル、切り取り方によって
観る人に意外性を与えたい

−−「日常」をテーマにされている作品の中に、「Peace Sign」があるのが印象的でした。どのような意図で描かれたのでしょうか?

2月からウクライナ侵攻が始まってしまったので、日本で広く認知されている平和的なモチーフをと思い、ささやかながら「Peace Sign」を。ピースってそもそも何だろうと気になって起源を調べたら、戦争に関連するいろんな歴史があったことを知りました。日本ではタレントさんがピースをしたことで広まったらしいですね。大きなサイズに描こうかとも思ったんですけど、国によっては侮辱の意味があるらしいので、このサイズに。ほかにも、ステッカーなどのグッズ展開も意識して、キャッチーなピースを選びました。

−−「Peace Sign」は真正面から見た構図ですが、低い視点から歩いている人の足を切り取ったり、ソファに腰掛けた人を上から見下ろす構図だったり、いろんなアングルから描かれている絵も印象的ですね。

絵を描く時は、観る人にリアリティを感じさせながらも意外性を与えたいと思っています。そう感じるきっかけは、構図、アングル、切り取り方など、いろいろあると思うんですけど、それらによって普段見ている風景でも、「散歩って道が続いていく感じがあるんだ」とか、「上から見ると優雅な雰囲気だな」とか、普段知っているような物事に対して改めて新鮮味を感じてもらえたら嬉しいですね。

−−描きながらアングルを決めていくのでしょうか、それとも頭の中で決めてから絵にされるんですか?

まず、紙やノートに鉛筆でアイデアスケッチをします。スケッチをしながら新鮮味を感じるものが出て来ると「あ、これは絵になる」と思って、Adobe Photoshopでラフを描いて、そのあとキャンバスに移行しますね。

−−例えば「Peace Sign」だったら、パーツの隙間や重なりが絶妙だと感じます。これはPhotoshopの画面上で配置を探っていかれるんですか?

そうです。昔はパーツごとにトレーシングペーパーを切って構成を考えていたんですけど、たくさんゴミが出るので(笑)。今はPhotoshopの画面上で、パーツごとにレイヤーを分けて構成しています。パーツの配置を探りながら、意外性のあるイメージになった時にゴーサインを出す、といった感じです。「Peace Sign」は、パーツをあえてバラバラに配置することで、平和の危うさを表現しました。メインビジュアルになっている「Sunny Side」も、スケッチの段階ではもうちょっと情景的な描写だったんですよ。でも、画面上で絵をばらしてみたり、窓を設けてみたりすることで、象徴的な印象に寄せていきました。1回情景を解体して、テーマに沿って再構築している感じですね。

−−ラフはペンタブで描かれているのでしょうか?

予想外な形やバグを狙ってマウスで描いています。ペンタブだとうまく描けすぎちゃうんですけど、マウスは自分の思い通りにいかないところが逆に良くて。意外性を出すためには、偶然性は必須です。「Sunny Side」で言うと、人のシルエットがちょっと傾いているんですよ。これも偶然だったんですけど、そうしたことによって動きが出たのと、右肩上がりでポジティブなイメージになりました。しかも今回はグッズに展開できるということで、そのままロングTシャツにしてもらって、調子に乗って『good hour』のロゴも作って(笑)。僕の中では個展全体が1本に繋がった感じがして、気に入っています。

−−ロングTシャツのバックプリントもおしゃれですよね。ほかのグッズに関してはいかがでしたか?

ジャガード織りのバッグの絵は過去に描いたもので、こんな風に展開されると思っていなかったからすごく気に入っています。あとは、パーカに施されている刺繍が素晴らしいですね。「REFLECTIONパーカ」の原画は刺繍よりも大きいので、反射の線のドットの数がもっと多かったんですけど、刺繍になった時によく見えるように、グッズの制作側でドットの数を調整してくれて。「NECESSARYパーカ」のバックプリントも、僕の画風に合わせてシルクスクリーンで刷ってくれて、黒だけど生地負けしていないし、刺繍もすごくいいし。このふたつは本当に気に入っています。今まで絵をプリントしたグッズは作ったことがありましたけど、刺繍は初めてだったので、とても嬉しかったです。


作風に影響を与えた
ふたりの恩人との出会い

−−近年は台湾や香港で個展を開催したり、グッズを販売したりと、海外でも活躍されていますが、絵は言葉が通じなくても海外の方とコミュニケーションがとれるので、いいですよね。

そうなんですよ。絵ってビジュアルコミュニケーションの根源的なものですよね。高校1年の夏、父の単身赴任先だったイタリアに遊びに行った時に列車に乗っていたら、スイスから来た親子に「あなたたちは日本人ですか? ポケモンを知っていますか?」と話しかけられたことがあって。その場でポケモンを描いてあげたら、5歳ぐらいの子がめちゃめちゃ喜んでくれたんですよ。そんな経験もあって、やっぱり絵はいいなあと。その後、僕はデザイナーやアートディレクターのような全体を指揮する役よりもプレイヤーになりたいと思ったので、イラストレーターを目指すことにしました。イラストレーターだったらフットワーク軽く、いろんな人と関わることができますしね。でも、デザインも学びたかったので、多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に進みました。

--高校の頃にはすでに将来の明確なビジョンがあったんですね。

高校の最初の頃は、音楽のライターになって好きなミュージシャンを取材したいなと思っていたんですよ。最近再結成して、先日また解散を発表した「ナンバーガール」というバンドが大好きで。特にメンバーの田渕ひさ子さんが弾くギターがすごく好きだったので、自分も何か表現したい、いつか絶対一緒に仕事をしたいと思うようになって、絵の道に。1度目の解散のあとに、田渕さんは「bloodthirsty butchers」というバンドに入ったので、大学に入ってからは月1でライブに行ったり、自分の作品のポストカードを送ったりして(笑)。そうしたら、大学院の頃にマネージャーさんから「お仕事をお願いできませんか」と連絡をいただいて、バンドのTシャツとフライヤー、ポスターを作ることになったんですよ。それがイラストレーターとしての初めての仕事でした。田渕さんが弾くギターは、超絶技巧というよりは単音ですごくシンプルなんですけど、メロディーがとても綺麗で心に残るんです。それも、単純な「色と形」で表現するという自分の作風に大きな影響を与えてくれました。

--絵と音楽って違うジャンルですけど、制作に取り入れることができるんですね。

この人のこだわりは自分で言うとどこなのか、みたいなことを考えるのは好きですね。音楽に限らず、いろんなものから影響を受けています。例えば、スイスのバッグブランド「FREITAG」が大好きでいくつも持っているんですけど、幌を切り取る場所や合わせ方が絶妙で。これも僕のインスピレーションの源になっていますね。

−−田渕さんのほかにも、先ほどお話に出てきた佐藤晃一先生のお言葉も、今の作風の原点になっているのかなと感じました。

佐藤先生は、いつも僕のクリエイティブの根本を見抜いて褒めたり、指摘したりしてくれました。いろんな節目に佐藤先生がいます。僕は大学院まで進んだんですけど、博士課程に行くか行かないかで悩んでいた時にも、授業が終わったあとに佐藤先生がこっちに歩いてきて、「君の今の作品は、これまでの中で1番いいですね。色の使い方がすごくいい」と言ってくれて。でもそのあとに「君がここから上のステージに行くには、“勉強”ではなく、早く社会に出て、生命の危険を感じることです。イラストレーションは意味です。君はその意味によって、この整った色調を壊す日が来ますよ。だから私は君に博士課程はおすすめしません」って言ってくださって(笑)。要は、僕の場合は研究者ではなく、社会に出て厳しい環境でもまれることによって自分の至らなさに気づいて、生命の危険を感じることで絵が良い意味で壊れるから、次のステップアップのために早く社会に出なさいということを言ってくださったんです。その言葉を機に、進学をあっさり辞めてしまいました。

−−実際に社会に出てみて、絵が壊れる日は訪れたのでしょうか?

描くテーマが変わりましたね。学生時代はクライアントもいないし、モラトリアム期間ですから、自分の内なることばかり掘り下げて、感情的なことをビジュアライズする“自分物語”みたいな作品になっていたんです。そうすると、描くことが毎回一緒になったり、自分の感情が動かないと描かなくなったりして。それはちょっと違うなと思って、それまで自分の内側に向けていた目を外に向けてみました。そこから、自転車に乗っている人とか、散歩している犬とか、自分以外の目に見えるものを、日常讃歌的な意味を込めて描くようになったんです。その後、コンペにも出すようになって、入賞して、仕事が来るようになって、今に至ります。卒業後も佐藤先生は「君の個展が見たい」と言ってくれていたんですけど、2016年に亡くなってしまって。結局見せられませんでしたけど、佐藤先生の言葉は僕の中に残っていて、今でも感謝している人です。

−−当時の佐藤晃一先生には、西山さんの現在のご活躍が見えていたのかもしれませんね。最後に、「こんなイラストレーターでありたい」というイメージをお持ちでしたら、教えていただけますか?

個展のステートメントにも描いたんですけど、「足るを知る」ですかね。今、十分幸せなんですよ。健康的でちゃんとした生活を送れているし、知名度もそこそこでいいので(笑)。以前よりも人の目につく仕事をいただけるようになってきたんですけど、それよりも、1杯の水が自分にとって意味のあるものだと感じられる心境を崩したくないというか。まずは身近な、当たり前なことに感動できる心持ちをキープすること。そこから作品がまた生まれてくると思うので、それを続けることですかね。もちろん、仕事は楽しいんですけど、体は壊さないように(笑)、頑張ります。

−−「日常」に感動を見出すためには、心のコンディションも大切なんですね。ありがとうございました。会期後半に追加されるご予定の作品も、楽しみにしています!




photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka


西山寛紀 1985年生まれ。イラストレーター。多摩美術大学大学院博士課程前期グラフィックデザイン研究領域修了。書籍、雑誌、広告、Webなどでイラストレーションを手がける。オリジナル作品も制作し、国内外で展覧会を開催している。最近の仕事にマガジンハウス『&Premium』表紙イラストレーション、 資生堂150周年「A BEAUTIFUL JOURNEY」SHISEIDO THE STORE店内リーフレット、 スープストックトーキョー「2021 YEAR CUP」デザイン、新宿ルミネ1ウィンドウアートなどがある。TIS会員。

西山寛紀 NISHIYAMA HIROKI

1日の始まりを告げる清々しい朝日や、挽き立てのコーヒーの香り、好きな音楽が流れる部屋・・・、西山寛紀が描くのは「日常」の何気ない瞬間。そのどれもが「色と形」というミニマルな表現にも関わらず、ひと目で彼の作品だとわかるのは、なぜだろう。当たり前の日々こそ美しいと気づかせてくれるそれらの作品は、『good hour』と題され、今回「ルーフミュージアム」の1階に集結した。個展『good hour』や、制作の裏側、そしてイラストレーターとして活躍するに至るまでの経緯について、会場とアトリエで語っていただいた。

観る人の心を生き生きさせる
「日常」を讃えた絵

−−1階のカフェで開催されている今回の個展は『good hour』、“良い時間”というタイトルですね。

僕は「日常」をテーマに描いているので、1階の雰囲気が合っているのではないかなと思いました。1階はコーヒーを飲めるスペースでもあるので、“良い時間”が過ごせるといいなということで、『good hour』というタイトルに。以前からあたためていたタイトルなんですけど、今回がふさわしいと思ったのでつけました。“良い時間”と言っても、誕生日やイベントなどの特別な時間じゃなくていいんです。散歩して犬に会ったり、日向が気持ち良かったり、自分の心の持ちようによって、日常生活の中に“良い時間”は見出すことができると思っていて。当たり前のことなんだけど、改めてそれが美しく思えるような瞬間を列挙して、絵にしていきました。

−−そもそもなぜ「日常」をテーマにしようと思われたのでしょうか?

僕はよく音楽を聴くんですけど、音楽って潤滑剤のような役割があると思うんです。どこかへ行くにも、制作するにも、音楽を聴いていると相乗効果で物事が良く見えたり、より神聖な時間に思えたりするので、自分の絵もそんな風に、人の生活の中で心を生き生きさせる媒体であってほしいという想いがありまして。なので、誰も見たことのないものを描くというよりは、普段の生活を肯定するために描いているので、「日常」をテーマにしています。

−−展示の構成についてもお聞かせいただけますか。壁に向かって右側は、いろんなサイズの作品がランダムに配置されていますね。

『good hour』ということで、朝から夜までの絵を順に並べています。過去の個展では、作品サイズを統一して1列に並べることが多かったんですけど、今回は会場が広くて天井も高いので、それではおとなしい印象になってしまうなということで、この配置に。あと、会期の後半に展示する絵を増やす予定なので、追加しやすいようにしました。 今まではA3やA2などの小さめのサイズに情景的なものを描いていたんですが、今回はF3からA1以上の大きなものまでいろんなサイズがあるので、大きなサイズの場合、情景をそのまま大きくしてしまうと個人的な印象になりすぎるかなと考えました。ディテールを描けば描くほど、それにはまる人にしかはまらないんですけど、ディテールを削ぎ落として象徴的にすることによって、誰もが共感しやすい見え方になるかなと考えていて。イラストレーションとシンボルの中間のようなイメージですね。構成と意味に余白を持たせて観る人に想像させることによって、大きなサイズでもずっと観続けられるような絵にしました。なので、A2サイズまでは情景的な絵を、A1サイズ以上は象徴的な絵を描いています。

「色と形」というミニマルな表現の中に
にじみ出てくる個性がある

−−デザイナー的な視点もお持ちですよね、視覚効果も探りながら描かれていて。

僕はファインアートというよりも、1950〜70年代ごろのデザインからインスパイアされた人間なので、大学ではグラフィックデザイン学科でポスターやタイポグラフィー、イラストレーションを学んでいました。1950〜70年代ごろは、まだイラストレーションとグラフィックデザインをひとりでやっていた作家も多い時代で、ミニマルで根本的な表現をしたものが多かったんですよ。そんなデザインに惹かれて、僕も「色と形」だけで表現を。その頃の作品って、今見ても古く感じないので、僕も流行りものよりも、今、昔、未来、どの地点から見ても共感できるモチーフ選びや描き方をしています。

−−たしかに西山さんが描く、散歩をしたり、顔を洗ったりする行為って普遍的なものですものね。

そうなんですよね。自分の個人的な趣味、趣向が入ってしまうと、受け取る側の間口が狭くなってしまうと思うので。「何を美しいと思うか」が作品の根源になると思うので、そこをちゃんと掴んで、「色と形」というところから外れずにやっていれば、絵もどうにでも進化していくと思っています。

−−「色と形」で表現されるようになったのはいつからですか?

大学3年の頃ですね。1、2年の頃は、自分だけのマチエールを出すことにこだわっていました。ただ、3年の頃に恩師であるグラフィックデザイナーの佐藤晃一先生に「君は“これ”がないと何もできないんだね」と言われて(笑)。じゃあ、そういったものを取っ払って「色と形」だけでやってみたらどうなのか、没個性になりそうな様式でやってみて、自分が出なかったらそれまでだということで、あえてそうしている感じはあります。

環境と調和させるために
メディアと色を吟味する

−−今回、初めてキャンバスに描かれたそうですが、なぜキャンバスを選ばれたのでしょうか?

普段は家具などに使われるMDFというボードに描いているんですけど、大きなサイズだと重かったり、破損や反りの問題が出てきたりするので、今回は自分でパネルにキャンバスを貼って描くことにしました。あとは、キャンバスの麻のテクスチャーが、会場の家具と相性がいいなと思ったので。キャンバス自体の色はもっと生成りっぽいんですけど、毎回、自分で調合しているオリジナルの白を塗ってから描き始めます。真っ白だと白が明るすぎて印象として1番前に出てきてしまうんですけど、ちょっとグレー寄りのくすんだ色にすることによって、ほかの色が前に出るようにしました。

−−たしかに、よく見るとほかの色を引き立たせる白という感じがしますね。「Music Hour」の背景だけ、ワントーン濃いグレーなのはなぜでしょうか?

「Music Hour」は今回の個展で最大のF50サイズで、現代美術をやる人なら当たり前の大きさだと思うんですけど、イラストレーターとして原画を複製して仕事をしている僕にとっては初めての大きさで、挑戦でした。この大きさの作品だったら、背景に何か色を敷いた方が環境と調和するのではないかということで、この色に。例えば、購入してくれた方の家の壁が白い場合、レコードの黒い色がガツンとあると浮いてしまうと思ったので、クッションとして背景にグレーを挟んであげることで馴染むようにしました。

−−大きなサイズの絵は挑戦だったとのことですが、描いてみていかがでしたか?

疲れますけど、やりがいはありますね。でも、自分の中で1番しっくりくるのはA1サイズかなと思いました。ある程度部屋を支配してくれる大きさでありつつ、ひとり暮らしの部屋の床に置いても、大きな壁に飾ってもいいですし、持ち運びも難しくないですから。なので、今回作ったシルクスクリーンのポスターはA1サイズにしています。

構図やアングル、切り取り方によって
観る人に意外性を与えたい

−−「日常」をテーマにされている作品の中に、「Peace Sign」があるのが印象的でした。どのような意図で描かれたのでしょうか?

2月からウクライナ侵攻が始まってしまったので、日本で広く認知されている平和的なモチーフをと思い、ささやかながら「Peace Sign」を。ピースってそもそも何だろうと気になって起源を調べたら、戦争に関連するいろんな歴史があったことを知りました。日本ではタレントさんがピースをしたことで広まったらしいですね。大きなサイズに描こうかとも思ったんですけど、国によっては侮辱の意味があるらしいので、このサイズに。ほかにも、ステッカーなどのグッズ展開も意識して、キャッチーなピースを選びました。

−−「Peace Sign」は真正面から見た構図ですが、低い視点から歩いている人の足を切り取ったり、ソファに腰掛けた人を上から見下ろす構図だったり、いろんなアングルから描かれている絵も印象的ですね。

絵を描く時は、観る人にリアリティを感じさせながらも意外性を与えたいと思っています。そう感じるきっかけは、構図、アングル、切り取り方など、いろいろあると思うんですけど、それらによって普段見ている風景でも、「散歩って道が続いていく感じがあるんだ」とか、「上から見ると優雅な雰囲気だな」とか、普段知っているような物事に対して改めて新鮮味を感じてもらえたら嬉しいですね。

−−描きながらアングルを決めていくのでしょうか、それとも頭の中で決めてから絵にされるんですか?

まず、紙やノートに鉛筆でアイデアスケッチをします。スケッチをしながら新鮮味を感じるものが出て来ると「あ、これは絵になる」と思って、Adobe Photoshopでラフを描いて、そのあとキャンバスに移行しますね。

−−例えば「Peace Sign」だったら、パーツの隙間や重なりが絶妙だと感じます。これはPhotoshopの画面上で配置を探っていかれるんですか?

そうです。昔はパーツごとにトレーシングペーパーを切って構成を考えていたんですけど、たくさんゴミが出るので(笑)。今はPhotoshopの画面上で、パーツごとにレイヤーを分けて構成しています。パーツの配置を探りながら、意外性のあるイメージになった時にゴーサインを出す、といった感じです。「Peace Sign」は、パーツをあえてバラバラに配置することで、平和の危うさを表現しました。メインビジュアルになっている「Sunny Side」も、スケッチの段階ではもうちょっと情景的な描写だったんですよ。でも、画面上で絵をばらしてみたり、窓を設けてみたりすることで、象徴的な印象に寄せていきました。1回情景を解体して、テーマに沿って再構築している感じですね。

−−ラフはペンタブで描かれているのでしょうか?

予想外な形やバグを狙ってマウスで描いています。ペンタブだとうまく描けすぎちゃうんですけど、マウスは自分の思い通りにいかないところが逆に良くて。意外性を出すためには、偶然性は必須です。「Sunny Side」で言うと、人のシルエットがちょっと傾いているんですよ。これも偶然だったんですけど、そうしたことによって動きが出たのと、右肩上がりでポジティブなイメージになりました。しかも今回はグッズに展開できるということで、そのままロングTシャツにしてもらって、調子に乗って『good hour』のロゴも作って(笑)。僕の中では個展全体が1本に繋がった感じがして、気に入っています。

−−ロングTシャツのバックプリントもおしゃれですよね。ほかのグッズに関してはいかがでしたか?

ジャガード織りのバッグの絵は過去に描いたもので、こんな風に展開されると思っていなかったからすごく気に入っています。あとは、パーカに施されている刺繍が素晴らしいですね。「REFLECTIONパーカ」の原画は刺繍よりも大きいので、反射の線のドットの数がもっと多かったんですけど、刺繍になった時によく見えるように、グッズの制作側でドットの数を調整してくれて。「NECESSARYパーカ」のバックプリントも、僕の画風に合わせてシルクスクリーンで刷ってくれて、黒だけど生地負けしていないし、刺繍もすごくいいし。このふたつは本当に気に入っています。今まで絵をプリントしたグッズは作ったことがありましたけど、刺繍は初めてだったので、とても嬉しかったです。


作風に影響を与えた
ふたりの恩人との出会い

−−近年は台湾や香港で個展を開催したり、グッズを販売したりと、海外でも活躍されていますが、絵は言葉が通じなくても海外の方とコミュニケーションがとれるので、いいですよね。

そうなんですよ。絵ってビジュアルコミュニケーションの根源的なものですよね。高校1年の夏、父の単身赴任先だったイタリアに遊びに行った時に列車に乗っていたら、スイスから来た親子に「あなたたちは日本人ですか? ポケモンを知っていますか?」と話しかけられたことがあって。その場でポケモンを描いてあげたら、5歳ぐらいの子がめちゃめちゃ喜んでくれたんですよ。そんな経験もあって、やっぱり絵はいいなあと。その後、僕はデザイナーやアートディレクターのような全体を指揮する役よりもプレイヤーになりたいと思ったので、イラストレーターを目指すことにしました。イラストレーターだったらフットワーク軽く、いろんな人と関わることができますしね。でも、デザインも学びたかったので、多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に進みました。

--高校の頃にはすでに将来の明確なビジョンがあったんですね。

高校の最初の頃は、音楽のライターになって好きなミュージシャンを取材したいなと思っていたんですよ。最近再結成して、先日また解散を発表した「ナンバーガール」というバンドが大好きで。特にメンバーの田渕ひさ子さんが弾くギターがすごく好きだったので、自分も何か表現したい、いつか絶対一緒に仕事をしたいと思うようになって、絵の道に。1度目の解散のあとに、田渕さんは「bloodthirsty butchers」というバンドに入ったので、大学に入ってからは月1でライブに行ったり、自分の作品のポストカードを送ったりして(笑)。そうしたら、大学院の頃にマネージャーさんから「お仕事をお願いできませんか」と連絡をいただいて、バンドのTシャツとフライヤー、ポスターを作ることになったんですよ。それがイラストレーターとしての初めての仕事でした。田渕さんが弾くギターは、超絶技巧というよりは単音ですごくシンプルなんですけど、メロディーがとても綺麗で心に残るんです。それも、単純な「色と形」で表現するという自分の作風に大きな影響を与えてくれました。

--絵と音楽って違うジャンルですけど、制作に取り入れることができるんですね。

この人のこだわりは自分で言うとどこなのか、みたいなことを考えるのは好きですね。音楽に限らず、いろんなものから影響を受けています。例えば、スイスのバッグブランド「FREITAG」が大好きでいくつも持っているんですけど、幌を切り取る場所や合わせ方が絶妙で。これも僕のインスピレーションの源になっていますね。

−−田渕さんのほかにも、先ほどお話に出てきた佐藤晃一先生のお言葉も、今の作風の原点になっているのかなと感じました。

佐藤先生は、いつも僕のクリエイティブの根本を見抜いて褒めたり、指摘したりしてくれました。いろんな節目に佐藤先生がいます。僕は大学院まで進んだんですけど、博士課程に行くか行かないかで悩んでいた時にも、授業が終わったあとに佐藤先生がこっちに歩いてきて、「君の今の作品は、これまでの中で1番いいですね。色の使い方がすごくいい」と言ってくれて。でもそのあとに「君がここから上のステージに行くには、“勉強”ではなく、早く社会に出て、生命の危険を感じることです。イラストレーションは意味です。君はその意味によって、この整った色調を壊す日が来ますよ。だから私は君に博士課程はおすすめしません」って言ってくださって(笑)。要は、僕の場合は研究者ではなく、社会に出て厳しい環境でもまれることによって自分の至らなさに気づいて、生命の危険を感じることで絵が良い意味で壊れるから、次のステップアップのために早く社会に出なさいということを言ってくださったんです。その言葉を機に、進学をあっさり辞めてしまいました。

−−実際に社会に出てみて、絵が壊れる日は訪れたのでしょうか?

描くテーマが変わりましたね。学生時代はクライアントもいないし、モラトリアム期間ですから、自分の内なることばかり掘り下げて、感情的なことをビジュアライズする“自分物語”みたいな作品になっていたんです。そうすると、描くことが毎回一緒になったり、自分の感情が動かないと描かなくなったりして。それはちょっと違うなと思って、それまで自分の内側に向けていた目を外に向けてみました。そこから、自転車に乗っている人とか、散歩している犬とか、自分以外の目に見えるものを、日常讃歌的な意味を込めて描くようになったんです。その後、コンペにも出すようになって、入賞して、仕事が来るようになって、今に至ります。卒業後も佐藤先生は「君の個展が見たい」と言ってくれていたんですけど、2016年に亡くなってしまって。結局見せられませんでしたけど、佐藤先生の言葉は僕の中に残っていて、今でも感謝している人です。

−−当時の佐藤晃一先生には、西山さんの現在のご活躍が見えていたのかもしれませんね。最後に、「こんなイラストレーターでありたい」というイメージをお持ちでしたら、教えていただけますか?

個展のステートメントにも描いたんですけど、「足るを知る」ですかね。今、十分幸せなんですよ。健康的でちゃんとした生活を送れているし、知名度もそこそこでいいので(笑)。以前よりも人の目につく仕事をいただけるようになってきたんですけど、それよりも、1杯の水が自分にとって意味のあるものだと感じられる心境を崩したくないというか。まずは身近な、当たり前なことに感動できる心持ちをキープすること。そこから作品がまた生まれてくると思うので、それを続けることですかね。もちろん、仕事は楽しいんですけど、体は壊さないように(笑)、頑張ります。

−−「日常」に感動を見出すためには、心のコンディションも大切なんですね。ありがとうございました。会期後半に追加されるご予定の作品も、楽しみにしています!



photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka


西山寛紀 1985年生まれ。イラストレーター。多摩美術大学大学院博士課程前期グラフィックデザイン研究領域修了。書籍、雑誌、広告、Webなどでイラストレーションを手がける。オリジナル作品も制作し、国内外で展覧会を開催している。最近の仕事にマガジンハウス『&Premium』表紙イラストレーション、 資生堂150周年「A BEAUTIFUL JOURNEY」SHISEIDO THE STORE店内リーフレット、 スープストックトーキョー「2021 YEAR CUP」デザイン、新宿ルミネ1ウィンドウアートなどがある。TIS会員。